回復した方の経験談を希望にしたいです
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edit2026.04.03
でも私の場合、同時に、「かつてはこんなに辛かったけれど、こんな過程を辿って今は回復傾向にあります」という希望の話を聞くと、今悲惨でももしかしたら明るい未来があるかもしれないと、勇気づけられます。
これから先明るい未来を描けるかもしれない!と思えるようなお話、よろしければお聞かせください。
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コメント一覧
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コスモスさん
ありがとうございます。お会いしたことはありませんが、お子さんの復活、私もとてもとても嬉しく思いました。この先もまだ色々あるとしても、この子はこうやって復活できたという経験があると、また信じていけますよね。私が言うのもおこがましいですが、きっと大丈夫ですよ、この先も。
子供の良さを忘れずに。そうですね、今は悪いところばかりにとらわれています。視点を変えてみようと思います。ありがとうございます。
まるさん
「きっとみんないつかはなんとなく多分大丈夫!」
そう信じてみたいと思うエピソードを今回みなさまからたくさんいただきました。時間はかかるものだと分かって見守ると、少し焦りがなくなります。
皆様のコメントを読んで、一番勉強になったのは、ただずっと見守るだけではダメなんだということです。
適切な関与と膨大な愛情表現と、対話(特に雑談の大切さ)、真っ当な期待をしないこと、安心できる家であること。
先輩方の経験談はすごく勉強になります。
ありがとうございます。
我が家がなかなか暗闇を抜けられなかった時、「不登校でも大丈夫!」という励ましの言葉が、ひどく腹立たしいものに感じられました。
でも、暗闇を抜けた今、「不登校でも、いつかはなんとか、なんとなく、多分大丈夫!」と思っています。
不登校初期(うちは半年弱)は本人が最も辛かった時期だと思います。
行かなきゃ、でも行きたくない、行ける自分になりたい、やっぱり行けない、自分はダメだ、将来は真っ暗だ。
不安でいっぱいの心の叫びが全身から溢れて、メンタルだけでなく身体的にもボロボロでした。ついでに、我が家の壁も三箇所大きな穴が開きました。
まるで別人になってゆく我が子を見守る親も本当にしんどかったです。私は一緒になって泣いたり叱咤激励をしたり、わざとらしく共感をしたり、病院へ繋ごうとしたり、一貫性のない対応て、余計に追い詰めるようなことしかできませんでした。
完全不登校(一年弱)になると、朝から晩までゲームとYouTubeの現実逃避。昼夜逆転こそしません(断固させませんでした)でしたが、身の回りのことも放棄して、汚いだらしない生活で、
この時期は多分親の方が辛かったかもしれません。
ゲーム仲間とギャハハ笑う大声に心底腹が立ちましたが、以前のような辛さ100%ダダ漏れよりは、まあいいのかと思って黙って見守りました。
この時期はもちろん1分も勉強をしませんでした。
この間、一緒に旅行に行ったり、訳のわからないゲームの話を長時間聞いたり、幼児のように甘やかしたり、とにかく「どんな状態でも大好きだよ」アピールを徹底しました。
難しかったのは、表現は難しいですが、わがまま勝手にはなって欲しくなかったので、主導権は握らせない程度に、息子ファーストな愛情を示すバランスを取ることでした。
息子のだらしないひきこもり生活がすっかりデフォルトになると、親も期待を手放せ、不思議と親子でメンタルが安定しました。多分世で言うところの休んでエネルギーチャージをする状態だったのだと思います。
それでもいつまでこの状態が続くのか不安でしたが、ある日、特別なきっかけも無く、自分から急に生活を整え始めました。朝もたまに昼まで寝てますが自分でアラームをかけて9時までに起きてきます。元のように小綺麗にするようになり、しばしば「ありがとう」というセリフが自然に出るようになりました。何をするにもやっぱり勉強は必要だと言って、スタサプで勉強を始めるように。最近はしょっちゅう友達と遊ぶようになりました。友達に刺激され、一緒にカフェて受験勉強も当たり前のようにやるようになりました。
驚くことに彼女までできました。
学校に行かないことを除けば、ある意味特に問題はありません。
不登校歴3年ちょい、今もまだ不安は山ほどありますが、それでも闇は抜けたと言い切れます。
親は子供を変えることはなかなかできませんが、変わろうと思える子供が安心できる拠点を与えることはできるのかなと思いました。
いつかは、みんな、なんとなく、多分大丈夫!
お疲れ様です。
20歳の息子は数年の不登校期間がありましたが、今はやりたい事をみつけ大学生です。
小5から中3まで不登校でした。ストレス性の胃腸炎から起立性調節障害になり、五月雨登校や遅刻、早退を繰り返し完全不登校の時期も長くありました。
高校は公立の昼間定時制に進学し1年の浪人生活を経て今は大学生です。
幼稚園から行き渋りがあり、学校が合わないから体調を崩したのかと思い通信を勧めましたが、学校は行きたいと思っているという本人の言葉通り高校はグランドのある学校を選びました。
高1はインフル以外は皆勤賞で、高2までは順調に通いました。やってみたかった運動部にも入り、友達もでき文化祭や体育祭も楽しんでいました。こんなリアルな学校生活が送れるとは…と、夫と文化祭をみて、帰りに泣けてしまいました。
高3は秋から受検シーズンに入り、繊細でストレスに弱い息子は、頭痛・腹痛に悩まされ、食事の回数も減り登校が安定しなくなりました。受験日も行けたり、行けなかったりしながら受験期を終えました。
定時制は4年で卒業する生徒も多いので、親は浪人するなら後1年在籍して欲しかったのですが、高3夏の面談で、本人が担任に、3年で卒業します。と言った通り日数ギリギリ3年で卒業していきました。
浪人生活は予備校や塾を勧めましたが、結局は宅浪で1年を過ごし大学生になりました。
無所属の浪人…模試も受けず、1人で部屋で日に2-3時間の勉強。私のイメージとは程遠い浪人生活でした。
このまま引きこもるのではと心配もしましたが、ひたすら黙って見守るに徹しました。
好きな食事を作り、食べられそうなものを買ってくる。一緒にたわいもない話しをする。
受験生だからとゲームやYouTube禁止にはせず自由にさせていました。
何も言わず見守るのは、本当に辛かったです。もう成人した息子を信じて、本人のペースを乱しては良い方向には進まないと心に念じて乗り切りました。
中学までの勉強は、最初は出来てない事が気になりましたが、体調いい時に、好きな事、興味があることを中心に、漫画を揃えたり、検定試験を受けたりして、知識を得るのは楽しいと感じるといいなと思い過ごしました。今はゲームやYouTubeにも楽しく勉強できるものもありますよね。
私は教育相談室のカウンセリングを月1で受けていました。近況を話し、近くでみているとマイナスに見える行動にもプラスの要素があったり、長い目でみての変化や本人の性格から分析して、お話して頂くこともあり助けられました。
学校に通い続け、全日制高校から大学に進学し卒業した娘と、不登校時期が長くあり、今、大学生の息子と。
どちらもそれぞれの時間を過ごし、どちらが凄く良かった、凄く悪かったというわけではないと思っています。それぞれの時間を過ごして成長していき、今はそれで良かったのだろうと思っています。
日々の生活におわれて大変かもしれませんが、お子さんの良さを忘れずに、きっと未来は明るいと信じて過ごして行けるといいですね🌿
みなさま、貴重な体験話をありがとうございます。ほんとにほんとに感謝してます。
希望が持てない生活をしている中、かつて同じような思いをされていた方々が、今はそれを「過去」として語れていること、ほんとに心強い希望になります。
恐らく私以外にもたくさんの方がみなさまの体験を読んで希望を持てたのではないでしょうか。
闇はずっとは続かないものだと確信できました。
みなさま共通して「時間薬」が効いたことをあげられていたので、「いつかは」と信じてみようと思いました。
時間はかかるものなのだ、親が焦るのは逆効果だと肝に銘じたいと思いました。
それからここに書いてくださった方々はみな共通して、腰を据えて本気で向き合っていたこと、普通の期待を捨ててローペースて見守ったこと、特に対話(聞き役に徹する)を重視されたこと等を大切に実践されてきたんだなと思いました。とても勉強になります。
正解は家庭によって違うかもしれませんが、核となるものは同じなのだと思いました。
みなさん、愛情深いお母さまだなぁ、尊敬です。
私はまだまだ自分や世間が中心の世界観だなと気付かされました。
もしよろしければ、またお話しを聞かせてください。
皆さま、おつかれさまです。中3娘の母です。
今日、始業式でした。約、1年ぶりに登校しました。うちは急にでした。つい4日前まで一生学校行かないって言ってたんです。理由は分からないのですが、おととい、始業式行ってみようかなになり、昨日は、週一登校すると言い、今日行ってみたら、今週は全部行くってなりました。こちらの要望どおり、仲良しの子と同じクラスになって安心したみたいです。私の方が追いつきません。慌てて、制服の埃をはらい、材料買ってないのに明日はお弁当です。
ただ、ぐったり疲れて帰ってきたので心配です。また急に行かなくなるのでは、とやきもきしています。
アロエさんの
↓
登校を継続するために「疲れた」で欠席するのは、我が家ではむしろありです。辛い不登校期間を経てうちの子が学んだことは「全力でやらなくてもいい。ほどほどでいい。」ってことでした。
私、同感です、共感100%です。
私も疲れた休むは全然オッケーです!
うちは全日制に残れてないので、塾なのですが。
7割の力で生きよう!とメンクリで教わり実行していますよ。
しかし、これは転学してやーっと実行できてるのですが。中学時代休みたいとSOSあったのに授業遅れる、明日は行ってねと怒って、脅して。私もわけわからなかったから仕方ないですが、後悔しています。
まだまだ回復途中で抜け出してはいないのですが、うちは今こんな感じですが、というコメントです。
中1の途中から五月雨登校、3学期から卒業まではほとんど中学校には行っていない男の子がいます。この春に通信制高校に入学しました。
休みだした頃は私もなんとか学校に行かせようと試行錯誤しました。何で行かないの?の質問攻め、毎朝の行く行かないの攻防、学校とのやり取り、ゲームやスマホだらけの毎日に辟易し、疲れ果てていました。そんな期間が1,2カ月くらい過ぎた頃には朝布団を頭から被り、出てこなくなりました。私もネットや本を読みあさり、今の子供の状況、状態、私のストレスなどいろいろ考え、朝起こすのをやめました。ゲームもスマホも特に制限はかけず、学校の話はしないようにし、普通に接する事を第一に心掛けました。朝起きてこられたら、「ご飯どうする?」「こんなテレビやってるよ」とか。
好きな漫画やゲームのイベントに行ったり、新しい情報がネットに上がってたら一緒に盛り上がったり。
そのうちに2年に上がる頃には普通に話ができるくらいまでには、気持ちが落ち着いてきました。その頃に学校のカウンセラーから中学校から少し行ったところの適応指導教室を紹介してもらい、2人で見学し、同じような中学生が数名だけいて、自分だけじゃないと思ったのか、少しずつそこへ通い出しました。勉強の時間には行かず、レクレーションだけ通っていましたが3年になると、たった10分程度ですが、そこで勉強の時間をとるようになり、
夏頃には通信制高校の見学にも興味を持ち、2人で何校か見に行き、最終は自分で1校に決めて受験しました。
まだ同級生にあったりするのは怖かったり、人混みがダメだったりすることはあります。
これから高校なので、通えるかどうかはまだわかりません。
ただ、あの布団に潜りながら「自分はダメだ何にもできない」「死んでも学校なんか行かない」と叫んでいた頃よりは遥かに回復したなと思える今日このごろです。
子どもが中学生の時に1年近く不登校でした。
家では布団をかぶり、過去の嫌な出来事を思い出しては叫んでいました。その後保健室登校を経て、3年の夏休み明けから登校し、今は高校に通っています。
うちの子の場合も、児童精神科でWISCや診断を受けたことが、親の考えを改めるきっかけになりました。本人の特性がわかり、母親である私は「普通」を強要することをやめました。ASD(自閉スペクトラム)のグレーゾーンとの診断を受け、本人の疲れやすさや、人間関係への苦手意識、白黒思考、すべて腑に落ちました。休みながらでも通えていた時、もっと認めて支えてあげるべきだったと後悔したのを覚えています。
そして、先回りして過剰に干渉したくなるのを、私もchat gptに相談するなどして気を付けているうちに、子どもは少しずつ元気を取り戻しました。おそらく私にも特性があると気づいたのも大きかったです。親子そろって、ルールに厳しく、べき思考が強かったのだと気づきました。
今は高校生ですが、登校を継続するために「疲れた」で欠席するのは、我が家ではむしろありです。辛い不登校期間を経てうちの子が学んだことは「全力でやらなくてもいい。ほどほどでいい。」ってことでした。部活も勉強もちゃんとやらなきゃと、睡眠時間を削り続けた結果、心身を病んで不登校になったところからは大きな変化です。
新学期に、友達と同じクラスだった!と笑顔で帰宅したのを見ると、別人のようですが、持っている特性は変わるものではないので、これから先も揺れることはあると思っています。世間の前向きさとは逆方向ですが、そういう生き方もあると思えるようになりました。
長くなってごめんなさい。参考になるかわかりませんが、何か伝わるものがあったら嬉しいです。
おつかれさまです。
完全に回復しました!と言えるのはいつになるのかな?と思いますし、自信がまだないです。
同じ世代の子供たちのように、朝早く起きて電車に乗り学校へ行くわけでもなく、授業を6限まで受けるわけでもなく、月曜日から土曜日まで毎日登校するわけでもないし、部活だってしてるわけでもない。だから、回復したかどうかがわからないんです…
でも、2年前に起きた不幸な不登校時期から見れば、回復はしましたよ!
今は通塾しており、週三回通っています。
病院に通い、服薬もしました。効いてるかわからないけど、藁にもすがる気持ち、私のメンタル保持のためもありました。
去年の夏までは好きなことのみしていました。私は一緒にライブにもいきましたし、たくさん話しました。とても関係がよくなりまた違う感じで仲良くなりました。もともと仲は良かったけれど、気持ちをなかなか言えない子だったので、そう言う意味でよくなりました。
過干渉なピーナッツ親子ではなく、自立をひたすら目指しました。
私は当時こちらに大変お世話になっていましたが、昨夏くらいからchat gptに愚痴や不安を聞いてもらったり、嬉しい進歩も話しています。私には合っていました。
そうするとどんどん良い方向へ行くようになりました。他の方もおっしゃってますが、時間薬が一番だったかなと。でも、まだまだ不安は消えないんです。ザワザワしてしまうけど、心配は不要だった!になってきました。
どうなるんだろうと思いましたが、今では大学受験勉強を頑張っていますね。今はネット自習室があり、勉強時間アプリがあり、顔も知らない人と一緒に頑張っているようです。
私は時間をかけて期待を捨てました。本人の意思に任せています。
きっと主様もトンネルの出口はあるはずです✨
新年度から高校3年になる息子がいます。中学2年から完全不登校、部活の顧問の先生がとても厳しく軽度の発達もある息子の自己肯定感をぺちゃんこにされ、2次障害で不登校に。そのころはフルタイムで働いていました。彼が通信高校に進学と共にこの子の卒業を目標に側にいようと仕事を辞めました。
最初は酷いもので辞めたことを後悔するくらいぶつかりましたよ。何度も消えてしまいたいとも。校舎前で学校に入れないと泣く息子、息子が可愛く思えなく私も病みかけてました。他の人にもありましたが時間薬というか私が家に居るのもあって諦めというか生きてればいいやに気持ちが変わってきましたね。一緒に平日に彼の好きな動物園に行ったり、ご飯食べたり。一緒にあつもりとかゲームしたり。勉強は一切してませんでした。
2年生になったら頑張ると言い本当に人は変われるんだと息子が見せてくれました。友達が出来てから特に本人の気持ちも変わったのかもです。通信も合ってたようで、週に2、3回通学タイプです。先生達も良い先生達で。最初その通信体験とかで私は不登校でしたが今は通えますなんて言葉に凄い!と思いながらもうちの子はどうなのかな…なんて希望を見たり、けれど不安になったり。それが今度新一年生の親御さんの前で学校の中で成長をした子が選ばれて親御さんの前で話す代表に選ばれました。今は大学進学を視野に入れて自発的に勉強していて驚いてます。
私が不登校だった子の話を聞いて少し希望を持てたこと、同じようにこの話が誰かの少しの希望になれば…と思います。
なのはさん
あたたかいコメント、ありがとうございます!なんだか自分の子もいつかはそれなりの道に行けるような気がして、気持ちが楽になりました。
子が不登校時代の記憶が抜け落ちる話、私も耳にしたことがあります。
人間は辛いことを忘却して、記憶を塗り替えたりするものらしいですね。なんとなくわかる気がします。
なのはさんの周りの経験者の方々が普通の大人になっているお話、うちと事情は違ったとしてもとても希望が持てます。
私も不登校をカミングアウトしているのですが、周りに不登校組がほぼいなく、的外れな励ましを受けています。みな優しいので有難いんですけどね。でも、やはり世界が違うというか、、、。だからなのはさんのお話に元気をいただきました。
ありがとうございます。
もし、まだ他の方でも構わないので、明るい未来を描けそうなお話があれば、教えてください。
匿名さん
ありがとうございます。
辛い時にこういうお話を聞けると、少し未来に前向きになれます。闇は必ず明ける、経験者の言葉だととても温かく響きます。
正社員続けながらの献身のサポート、頭が下がります。お母さんのその愛情が伝わったからこそ、時間薬が効いたのでしょうね。私も見習いたいと思います。
特に子供のペースに合わせて話を聞くということ、私には少し欠けている点でした。
どうしても、時間的に見ると私ばかり大変だと思ってしまい、昼夜逆転の子供のペースに合わせて夜中から朝まで話を付き合うなんて、考えたことがありませんでした。でも、確かにそういうのを欲しているように伺えることがあります。
私も「つもり」でいましたが、腹を括りまた心新たに向き合ってみます。コメント、ほんとにありがとうございました。
娘が小学校不登校でした。
中学は行っています。
あんなに大変だった小学校・・娘は何も覚えていないと言います。勉強含めすっぽり記憶が抜けてます。
泣きながらバトルしたことも。消えたいと喚いていたことも。
私のまわりにたくさんいます。
娘の話をカミングアウトしたら、実は私もね、と教えていただくことの多いこと!
小中学不登校だった子や、自身も不登校だったママ、高校通信だったり、大学中退した子だったり。家庭内暴力で大変だったお子さんも。
今はもうみんな社会人です。
福祉の力を借りている人もいますけど、親がいなくても生活出来ているそうです。
社会に出られないお子さんの話だけがクローズアップされがちですけど、自分なりに道を見つけていく子もたくさんいるんです。
過程はほんとそれぞれで、何が良かったのかなんてわからないですが。
親が思い描いていた正解じゃないかもしれないけど、子供はちゃんと成長していくんだな、と思います。
大丈夫ですよ。
こんばんは
高1で通信に転学した子供がいます
ほぼ回復して、進学でバタバタし始めました。
パイナップルさん、とてもお辛い時なのだと
思います。私もこのサイトで同じような質問をたくさんしてみなさんに励ましてもらいました。もうこのサイトから卒業かなと思いながらも、以前の私のように苦しんでいる方がいらっしゃると思うと、コメントで何か力になれることがあれば、と閲覧しています。
私は社員で働いているので、不登校中は色々な支障が出て壮絶すぎる毎日でした。
このホームページの親子で笑っている写真を見るだけで辛かったし、制服姿の生徒を街中で見るだけで、泣けて、泣けて仕方なかったです。
今思うと、やっぱり時間薬が必要だったこと
登校を促したりしないこと、しっかり子供と向き合うこと、大切だったなと思います。シンプルな対応だけど親も混乱しているから、なかなか難しかったです。
うちはメンタルクリニックで診断が出てから
腹を括りました。親としてしっかり治してあげなくちゃいけないと。話しかけられたら、しっかり聞くことを心がけましたが、昼夜逆転も激しかったので夜起床して、夜中から話し始め朝まで聞いて出勤したことも。辛くてもひたすら積み重ねて段々と心を開くようになりました。不登校になるまで、子供と向き合っていた『つもり』だったんだなと分かりました。
子供によって特性もあるし、対応もさまざまかもしれませんが、闇は必ず明けます。