動き出すには?
5411 edit2020.10.01
自発的にある日突然動き出す子は、精神年齢がわりと高いんじゃないかな。ある程度時間がたてば、子供も成長して、自分を客観的に見れるようになるから動きだす、ということではないでしょうか?そういう意味では正しくて、だから、それには時間が必要というか。
うちの子のある日突然は、
友達と遊んだ後、
塾の先生と電話した後、
ネット友達が進路を決めたと聞いた時、
でした。今は小さなある日突然と小さな失敗を繰り返しています。外部からの軽い刺激がきっかけで、親や学校からの働きかけでは動きません。
親と信頼関係が非常によいと、親との関わりの中から動きだす子もいるでしょう。
ネット友達と繋がってたり、ネットサーフィンする子は、自発的に見えるかもしれないけど、実は軽い刺激を受けているでしょう。
要は、信頼できる人との押し付けがましくない関わりから、動きだすんじゃないかなあ?と思うのです。なかなか動き出さないと悩まれてる方が多いので、考えてしまって。
みなさん、どう思われますか?
(うちの子の場合、動きだす=登校、ではないです)
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コメント一覧
8件の投稿を表示中1-8件目(全8件)
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らーゆさん、ありがとうございます。
なるほど。人は自ら動き出す、そもそもそういうものなのでしょうね、きっと。
らーゆさんの息子さんは、友達と先生に恵まれていたのですね。羨ましいです。
自ら動き出した時に、信頼できる人の力は、背中を押してくれるのかもしれない。でも、動き出して失敗したとしても、それもまた、良い経験なのでしょうね。
こんにちは。
何も言わず見守っていたら動き出す、って本当だと私は思います。
それは、『人は誰でもより良い人生を生きたいと思っているはず』だと私は考えるからです。
陽さんがおっしゃるように、どんなに幼くても幼いなりに、自分はどうしたらよいのかをちゃんと考えるものだと思います。
それは、子どもたちを信頼しているようで、よく考えてみると自分自身を信頼しているということでもあり、人という存在そのものを信頼しているということなのかな…と。
私も理屈っぽいですね笑
動き出すタイミングは、こころに受けた傷がそれなりに癒えて、自分がこれからどうしたいかが見えてきたら動き出すのかなと思います。
そのためには、その子その子に必要な日数や年数があるのだと思います。
周りの大人は子どもが望むことだけしてやり、子どもが回復し、自分で決めて行動をおこしていけるまでの時間を保証してやること。
それが『何も言わず見守る』ということでしょうか。
中学生の3年間不登校だった高3の長男は、中3になると行ける時だけ半日程度好きな教科のある時間を狙って学校に行っていました。
今こうして考えてみると、長男が再登校を始めたのは、長男自身が勉強をした方がいいと考えたのに加えて、とくめいさんがおっしゃるように、信頼できる先生と友だちがいたから、安心して再登校できたのだと思いました。
長男が学校に行けなくなってからもそれ以前と変わらず、仲のいい子たちは遊びに来てくれていて、学校が早く終わる日には集まって、みんなでわーわーとスマブラをしていました。
修学旅行も、ろくに学校に行っていなかったのですが、担任の先生が「絶対に楽しいから絶対に一緒に行こう!」と言ってくれて、日程も把握しないまま「え、オレいつの間に行くことになった???」と言いながら出発して行きました。
「みんなに任せておけば何とかなるって!」と私は送り出したのですが、旅先で自分がどうしたらいいのかほとんど何も分からないまま、それでも自分で荷物を詰めて、自分の足で出発のバスに乗り込んだのは、先生と同級生の子たちを信頼できたからですよね。
ちなみに修学旅行は、クタクタに疲れたようでしたが、先生の予言(?)どおりそれなりに楽しかったようです。
高校からは毎日学校に行くようになりましたが、それは自分で決めていたようです。
とくめいさんの娘さんは、試し試し頑張っているのかなって思いました。本人は無意識かもしれませんけれど。
陽さんもおっしゃっていますが、行きつ戻りつして、少しずつ子どもは前に進んで行く、っていいますもんね。
陽さん、ありがとうございます。
たしかに、うちの子に底つきがないのは何故だ?と不思議だったのです。
実は、行きしぶりの時点で、フラフラとどこに行くかわからない、あちこち探し回る日々、電車通学でしたので命の危険さえ感じる状況で、学校からもしばらくお休みするよう言われて、私も家にいてくれたら安心、と早々に思っていました。
もしかしたら、それが理由で底つきがなかったのかもしれないし、その時が底つきだったのかもしれない。
陽さんのおかげで、グルグルと考えこんでいた頭の中が、何だかすっきりしました。ありがとうございました。
お返事ありがとうございます^^
昼夜逆転やゲームへの没頭など、いわゆる「底つき体験」がなかったのは、とくめいさんの初期対応が良かったからなのではないかな〜〜と思いました^^
確かに「底つき体験」があったら、前進しているのが見てわかるし、親もハードル下げやすくて、「行きていてくれさえいればいい」って思えるんですけど、その時の本人も親も本当に辛いですから、ない方がいいですよ〜。><
それに、「学校に行けない」という状況で、すでにできない自分を向き合っている状況です。
今は何かしら行動を起こしては休みの繰り返しのようですから、今まさに、できない自分と、そのまんまの自分を認めるという作業をしている最中なんじゃないかな〜と思います。
一見元気になったように見えてからが、実は長いです。9歳でなんとなく動き出したように見えて、再来月11歳になりますが、まだまだ波があります。行きつ戻りつの繰り返しで、今はまたお休み期です。
でも、一見戻ったように見えても、それでも自分を変わらず認めれくれるママを見て、「休んでもいいんだ」「できなくてもいいんだ」「失敗してもいいんだ」と実感しながら進んでいくんだと思います。
不安になることもあるけど、とくめいさんはもうすでに、「本人に任せるしかない」って覚悟を決めてらっしゃるから、子供の状況に振り回されないためにはどうしたらいいかを探してみるのが良いのではないかな〜と思います。
私も以前は一喜一憂してましたが、それってしんどいですよね〜。汗
私の場合、子供が動き出しても、「まだ休む期間に入るぞ〜、動き続けないぞ〜、いつ休んでもいいぞ〜」と、過度な期待をしないようにしてました。するとそのうち慣れました。笑
動き出したように見えても、そのままぐんぐん進める人なんていないので、行きつ戻りつですよ〜。
不安になったらまた吐き出しあって、状況をお話しし合いましょうね!
そらさん、陽さん、ありがとうございます。
なるほどなるほど、です。
陽さんの息子さん9歳で自分から動き出す、とはすごいです。私は小さい子をみくびっていたようです。小さくても、しっかり考えているものなのですね。
そらさんの娘さんも、一人で向き合って気持ちを立て直すって、立派だと思います。失敗するよって思っても、口出しできない感じ、よくわかります。
うちの中3は、自分と向き合うことをしていないように思うのです。昼夜逆転がなく、わりと前向きな行動があり、ゲームはまあまあそこそこやりますがどっぷりではないです。
できる自分イメージがありすぎて、できない自分を認められない。できない自分を自分で認めてあげることが、前に進むために必要だと、スクールカウンセラーに言われたことがあります。
そして、それがいつまでもできない娘を見て、幼いからではないか、とふと思ったのです。動き出してもすぐ止まってしまうのは、自分と向き合ってないからでは、と。
とはいえ、私がどんなに考えこんでも、なるようにしかならず、娘を思い通りに動かせるわけでもないので、こちらは心穏やかに見守るだけですね。
わりと動きがあるので、そのたびについ期待してしまう、それが私の悪い癖です。
そらさんのおっしゃるように、失敗の繰り返しに意味があるのかもしれませんね。
こんにちは!
うちの場合も、動き出す=登校、ではないです。
そして、自発的に動き出すのは、ある程度、精神年齢も年齢も高くないとしないのではないかな、と、私も思っていました。
でも・・・うちの次男の、不登校開始は小学2年生。
登校刺激はもちろん、外出しようとか、規則正しい生活とか、勉強とか・・・なにも言わず、本人の意思に任せて2年以上経った頃・・・9歳くらいのころかな。
「将来こういう仕事につきたい」と言い出して、少しずつ行動を始めました。
もちろん、まだまだ波があるので、調子の良い時もあれば、また引きこもり期が来たり・・・の繰り返しですが。
それを見ていて、確かにある程度精神年齢も関係あるとは思うけど、幼くても幼いなりに、自分と向き合っているんだな、と思いました。
年齢が低い時は、ある程度親も一緒に話をすることも大事になってくるとは思いますが、最初の刺激はやっぱり親よりも、テレビや漫画、YouTube、ゲームでした。
家族以外との関わりがなかった時もありましたが・・・それでも勝手にやりたいことを見つけ、考え、動き出そうとしています。
与えなくても、好きなことをやりながら自分を見つめ、やりたいことを見つけていくのかな・・・と思います。
そらさんの書いてらっしゃる、「1人で向き合う時間を存分にとる」ことはまさに同感です。年齢が幾つでも、その時間を親が邪魔せず、しっかりとること。
そして、親は自分の人生を楽しんで生きることかな、と思います。
まだまだ少数派で、歩む道は平坦ではないけれど・・・将来は、自分の学び方も学校以外を選べる時代がきっとくると信じてします^^
一緒に歩いていきましょう♫
とくめいさん、
全く同感です。
「ある程度時間が経てば動き出す」の時間というのは、独りで自分に思う存分向き合える時間をしっかりとることのように思います。
私の価値観によるコントロールがなくなった娘は、ますます拘りが強くなり、正直その話に付き合うのもうんざりしますが、そこは我慢して付き合って半年以上になります。
以前なら物を壊して八つ当たりしていた娘ですが、いろいろと試してみるようになりました。私からみると突拍子もないアイディアだったりもしますが。
友人関係もそうです。
自分がこれを言ったら相手はどう思うかなど、過剰に気にしてラインの返信が出来ずにいて、挙句、勢いでアンインストールした時もありました。
ただでさえ少ない友人なので、私もこっそりとその子にアンインストールの理由を話しに行きたい衝動に駆られましたが、自分達で解決しなければならないとぐっと堪えていたところ、その友人のおかげでまた繋がることができ、二人の関係は更に良くなりました。
学校、行ってみようかな…とラインすると、最初から大きな目標立てるな、ちっちゃいことひとつずつからでいいんやで!と言ってくれたようです。
私や先生が同じことを言ってもそれはプレッシャーにしかならなかったのに、友達からこう言われたと嬉々として話してくれました。
娘の動き出す時は、落ちて落ちて、病んで病んで、リミットまで行き、その後昼夜逆転でYouTubeで軽くて面白い動画だったり、癒される動画だったりを見続けるのがパターンです。そうして自分で自分を立て直しているのです。
あれこれ心配しても、娘の人生は娘が決める。娘の人生は私の人生じゃない。
娘の考えていることに対しウ〜ンとなっても、やってみたら?と後押し。
失敗はあるけれど、そういうことの積み重ねが自己肯定感につながっていくんじゃないかなぁ…なんて。
私も理屈っぽいですねw
何度もすみません。
動き出す=登校、ということで他の選択肢がないなら、学校が苦しくてたまらない子はいつまでも動き出せない思うのです。それは、自分を守るため。
動き出して再登校できる子は、やはりそこに、信頼できる先生や友達がいるのではないかな。
何だか、ぐるぐると考えてしまいます。理屈っぽくって、すみません。