母親
娘が勉強しないことを認めるのがつらいです
2653 edit2024.05.13
近くにすぐに相談したり話をできる親の会がなく、吐き出したくて初めて投稿させていただきます。
現在中2の娘が不登校です。
不登校が始まったのは中1の秋。
きっかけは学級崩壊でした。
クラス内でいじめが起こり、授業がたびたび中断されるほど荒れたクラスが嫌になり不登校を始めました。
勉強が好きでしたので、まじめに授業が受けられないことがすごくストレスで、いじめが起こるようなクラスメイトにも嫌気がさしているようでした。受験しなかったことをしきりに後悔していました。(本人の希望で中学受験をしませんでした)
1年生の間は、休んだり別室登校している間も、家で一人で勉強を続け、テストだけは受けていました。本人の「お金持ちになりたいから医学部に行きたい」という夢もこのころはまだ無理じゃないかな。という感じでした。
ところが、いよいよ2年生になりクラス替え、登校拒否の原因の荒れた生徒たちとおさらばして心機一転再登校始めた4月。1週目は毎日通っていましたが2週目から再び不登校が始まりました。
今度は家でも全く勉強をしなくなりました。
不登校関連の本を読んでいても、成功体験談を読んでいても、
今の娘の状況的に登校を促したり勉強を促すのは絶対に良い手じゃないのは百も承知なのですが、
勉強を全くしなくなった娘を見ているのが私がつらいです。
娘の希望していた あるはずだった県内1~2位の高校への進学や、将来の夢への確立がどんどん下がっているのを感じてしまうのがつらいです。
去年の学級崩壊さえなければ、娘がこんなことにならなかったんじゃないのか、また今年も通知表が空欄のものを持って帰らなければならないのか、と思うと涙が出てしまうのです。
娘にあったはずの輝かしい未来がどんどん曇っていくように感じてしまうのをやめたいのですが、なかなかそれが難しく。。。
元不登校児の方の大丈夫ですよ、という体験談を読んだり、今時フリースクールだってあります、通信制高校もいいですよ、多様な生き方明るい未来の話などを聞いてもなんだか心にあまりしっくりきません。
私自身が育った家庭の親兄弟の中で一番頭が悪く学歴が悪かったことが関係しているのかもしれません。
- 17
コメント一覧
9件の投稿を表示中1-9件目(全9件)
9件の投稿を表示中1-9件目(全9件)
トピック作成者
ブルーさん
とくめい母さん
はれさん
トクメイママさん
まとめてのお返事で失礼いたします。
皆様の投稿を読んでいて、どれも心当たりのあることばかりです。
意識がないうちに自分が書いたのかと思うような内容ばかりです。
まだ、私には何も解決策がなく 正直何とコメントをお返ししたらよいのか分からず皆様へのお礼が遅くなり大変失礼いたしました。
↑上記を書いていて思いましたが、
「何か解決策やアイデア、せめて何か皆さんを元気づけるような、気の利いた一言を書きたい」そう思う私の癖こそが、もしかしたら娘を追い込んでいるのかも。。。と思い至りました。
頭がいいからといって、勉強する、勉強がしたいではないこと。
当初の本人の目標ではなく、今の本人の望む進路を選び取るのを受け入れるしかないこと。
すぐに解決することではない、数年単位で見守る覚悟をもつこと。
そして
悩め親はみんながんばっている、同じ苦しい思い、同じ不安をかかえる仲間がここにいることが分かりました。
ここで同じ悩みを打ち明けてお話が聞けてとてもよかったです。
ほかにも同じ悩みの方がいらしたらまたぜひお話したいです。
心が落ち着かず、うまい文章が作れずすみません。
みなさまありがとうございました。
読んでいて我が娘の事のように思えてしまいました。
昨年の今頃、進学校を目指し勉強に部活に必死に頑張っていたと思っていた私。
昭和の人間である私には頑張って当たり前、努力はするもの、と娘には厳しく接してきました。
中2の終わり頃から様子が少しおかしいかな?と思いながらも塾と部活で疲れているだけだ、と見ないフリをしていたのも事実です。
修学旅行、総体が終わったらいよいよ本格的に受験生だ!と思っていました。
一年後、今現在娘は通信制高校に通っています。
まさかこの未来を想像することすら出来ませんでした。
部活引退翌日から突如始まった不登校。
青天の霹靂でした。
学校に行かないならせめて塾を、とスパルタ塾はすぐ辞めさせて塾選びに奔走し、体験に行かせていました。
日に日に弱っていきながらも、新しい塾と言われるがままなんとか夏期講習は休まずに行き、学校説明会や見学は行き、でも夏休み最後の模試の朝、突如号泣し自分は受けることは出来ない、手が震えてしまう、と告白されました。
遺書のようなものも見つかり、自分はHSPだと言われ私は頭が真っ白、パニックでした。
その時は娘に寄り添うよりなんとか受験を、という考えしかなかったのです。
県立は出席日数が足りないし、不登校を受け入れてくれる私立校の見学、通信制高校の見学にもたくさん行きました。
色々あり過ぎて全てを書き切れませんが、最終的に娘は自分で通信制を選び今は週5日通ってます。
予備校が経営している学校なのでやる気になれば予備校代はタダ、時間もたくさんあるので大学受験だけを考えたら最高の環境だと思いますが…
現実は行くだけ、予備校なんて到底行ける気力も学力もないです。無駄な学費を払ってます。
あんなに頑張っていた学力も中3の6月末からほぼ勉強していないのでかなり低下しています。
毎日毎日勉強をしない娘をみてそろそろ一年。
いまだに受け入れられません。一生理解は出来ません。冷たい親、と思われるかもしれませんが。今勉強せず、いつやる?みんなが必死になっている時に娘の時間は止まったままのような気がします。
努力してこそ成長するものでは?という考えは変わりません。
今は何も言わず黙っていますが本当に辛いです。
不登校は家族みんなを不幸にしてしまいました。
不登校になっても簡単に自分の考えを変えるなんて無理です。
眠れない日々を過ごし、でも仕事もあり、この一年は地獄でした。
来年の今頃、どうなっているのだろう…
不安でたまらないです。
息子もそうです。
小さい頃から勉強が得意で、スポーツでも優秀な成績を取る本当に自慢の息子でした。
中2の秋に急に不登校になりました。色々な小さなことが積み重なり、何かが最後の一滴になり、溢れ出たという感じでした。
それでも不登校前半はスタサプを見たり、定期テスト勉強をしたりして、いい結果を出してました。
しかし、中3のゴールデンウィーク明けから、急に勉強したくないと勉強を拒否するようになりました。しばらく休めばまた始めるだろうと思い見守っていました。
受験生なので、秋くらいになったら急に走り始めるだろうと思ってました。せめてラスト三ヶ月くらいはやるだろう、頭の良い子だから少しやるだけでも結果は出せる。そう信じていました。
でももはや私の知っている息子ではなく、結局ほとんど勉強することなく、不登校前の遺産?だけのチカラで受験しました。一応私立進学校には合格しましたが、当初入れるだろうと思っていたトップ高は、受験すらできませんでした。
本人はやはりかなり後悔してます。大学受験は頑張ると言っています。でも口だけ。今も全く勉強しません。せっかく入った高校もすでに休みがち。
もう以前の息子に戻ることはないのかなと思うと悲しいです。
不登校、不勉強、長丁場を覚悟しなければならないかな。我が家は。
学校に行って勉強や部活に邁進し充実した生活を送ってほしい、それが子どもにとって幸せなこと、多くの親がそう思っていると思います。私もそうでした。
勉強もしないでどうなるんだろう、このままでは普通の幸せは掴めなくなってしまうのではないか。これまで思っていたこうあるべき、こうあってほしい、という道から外れてしまうと混乱し、焦りや不安に囚われてしまいます。
今の状態がこのままずっと続くわけではないと頭ではわかっていても、自分の凝り固まった考え方を変えるのは容易ではありません。1番厄介で時間がかかることだと思います。ですから、スレ主様が勉強しないことを認められないのは仕方のないことだと思います。
勉強しないことを責めたりプレッシャーをかけたりしないようにするだけで今は充分だと思います。何か言いたくなったら物理的に離れるだけでも回避できます。ありのままを受け入れることができるまではお辛いかもしれませんが、どうぞご自身労わって気持ちを楽にお過ごしください。
我が家の息子は私立中学で不登校になり勉強が手につかない期間が年単位でありました。高校は通信制に進み、とても暖かくゆったりとした環境の中徐々に元気になりました。一般受験で今はまあまあの大学に通っています。道は一つではない、勉強は本人がその気になればいつからでも挽回可能ということを身をもって体験いたしました。
苦しい時期も長くありましたが、ありのままを受け止め、先回りせず、本人の気持ちを尊重すれば、子どもは自ら羽ばたいていくのだと気づかされました。気づけて良かったと思います。このような例もありますので希望を捨てないでいただければ幸いです。長文失礼いたしました。
いてもたってもいられず、書き込みます
親の学歴や地頭のよさから、勝手にうちの子はきっと賢い、勉強さえすれば、学歴さえつければ、いい職につければ、幸せになれる、という洗脳を小さい頃から知らず知らずにしてしまっていました。言葉の端々にきっとそういったメッセージを発してしまっていました。
のびのびとさせるのが大事、情操教育も大事、旅行や自然の中での体験も大事、とそちらにも時間をしっかり使って、間違いなく、よく言えば日々充実、悪く言えば親の計画をひたすらこなす、小さい頃からそんな日々でした。
楽しんでいました。そう見えました。私なりに、毎日精一杯子供のために動いていました。
でも、いつしか子供の本当の気持ちは置き去りにされていました。
そして高2の秋に、学校にいかれなくなりました。
晴天の霹靂でした。
通信制高校に転入して、少し立ち直ってきてから本人から言われた言葉。
「ずっとやりたいことがあった。でも言えなかった。怒られると思った。専門学校に行きたいと一度話した時に、この高校からは100%大学進学だ、と言われて死にたくなった。勉強なんて本当は大嫌い。やりたくもない勉強をしに大学なんて行きたくない。」
私は、ずっと娘のことを愛してきたつもりだったのに、娘の本当にやりたいことなんて、一度だって聞いてあげていなかったんだ、テストでいい点をとること、進学校を受験すること、そんなことばかり目を向けていたことで、娘もそうしなければ、、と無理し続けてしまっていたんだ、、、と深く深く反省しました。
娘の夢を知った私は、すべて娘の希望通りの進路に進むことを応援するようになりました。
一時は精神科で抗うつ薬を飲んでいた娘も、しだいに元気になり、夢を叶えて、今はその業界で活躍しています。
不登校をすることでしか、訴えられなかった、そんな状態を作ってしまって、本当にごめん、と今でも思いますが、あの時、不登校することで、親の間違いに気がつかせてくれて、本当にありがとう、とも思います。あのまま高校を続けていたら、きっと精神が壊れてしまったでしょう。。取り返しのつかないことになった可能性も高いです、、。
勉強なんて、正直、どうでもいいんです。目標があって、必要性があって、やりたくなったら、やります。
賢い子なら、なおさら。
不登校どん底の時、精神科でWISC受けた時、数値がとても高かったんです。高校では、320人中320位の時期に。
そのことを娘に言うと「頭がいいのは知ってる…」と言われました。当たり前なんですが、頭がいい🟰勉強する ではないんですよね。頭なんて、よかろうが悪かろうが、やりたくないものはやりたくない、ただそれだけなんです。
それを親の私が全然認めてあげられなかった、理解してあげられなかった、苦しめてしまった、ただただ反省でした。
参考になるかわかりません。1人語りですみません。でも、同じような状況の方がいたら、私はこじらせてしまったので、早めに何かの気づきになったらいいと思います。
ミモザさん
ありがとうございます。
同じような思いをしている方に出会えて、
『ですよねー』っ思えることで本当に救われます。
このサイトにたどり着いたことが学校のカウンセリングより良かったです(^_^)
トピック作成者
あ、幸か不幸か、ではないですね。
幸いにも、です。
トピック作成者
のんママさん
できることならハグをしたい気持ちです!!
まさにほとんど全く同じ状況の方がいらしたなんて、本当になんという事でしょう。
うちも塾も行けず、家庭学習教材も、もう全く手をつけないので休止しました。
学校に行けない日には、
本人の過ごしやすいように出来るだけ気分の良いように、さりげなく気を遣って、気がつかれない程度に気を回して、下手に刺激をしないようにしたり、はたまた、元気が出るように好きなことや好きな物をあげたり…などしていましたが、先の見えなさに私の心が折れ、私も最近娘と離れたくなってしまいました。
パートの仕事も行けたり行けなかったり、娘次第の生活に疲れてきました。かと言って仕事を辞めるわけにもいかないし、辞めると2人きりの昼間に息が詰まりそうです。
(幸か不幸か、娘は私といる時は、リラックスして楽しそうにしているようにみえます)
うちの娘のことかと思うぐらい共感します。
私も最近こちらのサイトを知り、みなさんのコメントを拝見し、たびたびコメントなどさせていただいて、自分の心をコントロールしています。
うちの娘も中1の夏休み明けから休みがちで中2になったら全く行かなくなりました。
学校の配慮で仲のいい子や授業を妨害するような子がいないクラスにしてもらったのに…
娘曰く、クラスはいいけど、横並びにある他のクラスの人の目が気になるそうです…
娘も勉強ができた方だったので、高校受験の学校も上位の学校を目標に頑張ると言っていたのに…いまは全く勉強もしませんし、スマホを見ながら、ほぼベッドにいます。
学校からはもったいないからテストだけでもと言われて、別室で受けさせてもらうこともありましたが、いまは勉強していないので無理です。
小学生から行っていた塾も中1の冬に辞めたので、学校に行かなくてもいいから、自分のペースで勉強だけでもしたらということで、通信教育の教材を申込しましたが、数ヶ月でパタリとやらなくなりました。
中1の最終日に引き取りに行った荷物の中にあった入学してすぐ書いたと思われる自己紹介カードに書いてあった
好きなこと…勉強
長所…強靭な心
どこにいってしまったのでしょう…
正直、自分の子ながらいろいろな面を見誤っていたのかもと思ってしまいます。
寄り添うのも疲れて、顔をみるのもしんどいです。