メメの日記
edit2026.02.12
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娘、先週から学校に行っている
朝は起きれるタイミングで、帰りは人と会わない時間で、私は送り迎えをする
私の仕事を調整しながら、滞在時間は1時間の時もあれば5時間、6時間の時もある
別室登校
それでも学校に足が向く様になった
嬉しい反面、この反動がいつやってくるか、その怖さも正直ある
この2年、行く行く詐欺、やるやる詐欺、行ったと思ったのはこの2年で2回?3回?
周りへの不満、暴言は凄まじかった
先週から行き出したのが不思議
朝何時に起きようと、夜何時に寝ようと、何を食べようと、一切何も言わずに2年
娘の部屋は散らかり放題、窓は閉めっぱなし
一切言わず、私は手を出さなかった
自分で綺麗に部屋を片付けた
久しぶりに整っている部屋を見た
お母さんに自分の言葉で行動で自分の想いを伝えられる様に勉強をしたい、と娘が言った
選ばれるのではなく、選んでいく生き方をしたい、と言った
死にたいと言っていた娘が、生きる事を選んだ
娘は私と同じ美容師になると言う
私は自分と同じ職業になって欲しいと思った事がない
なぜなら、私は他になりたい職業があった
大学に行きたかった
勉強も必死でやった
でも家業がそれを許さなかった
私の母は美容師で、美容師以外の職業を選ぶ事を許さなかった
だから、娘達には親の職業にとらわれず選んで欲しいと思っていた
でも同じ美容師になると言う
それが娘が自分で選んだ事なら応援するしかない
私も選びたかったから
それならなおさら、家を出て勉強してきた方がいいと考えている
同じ職業なら、いらない口を出してしまうんじゃないか、手を出しそうになるんじゃないか、そんな事も思う
技術だけじゃない、人間性が必要になる
右手に技術を、左手に話術、人間性を
このバランスが大事になる、と思っている
他の職業になりたかった思いはあっても続けてきた仕事、50を過ぎてつくづく思う
どれだけ技術が優れていても人間性にはかなわない部分がある
後身の指導にあたる時に話す
子供が学校に行けなくなってから余計に感じる
人に対して丁寧でいよう、お客様だけでなく、一緒に仕事をする周りの人に、一緒に時間を過ごす人に、まずは丁寧でいよう、それが仕事に出てくる、と話す
先の事は分からない
とりあえず今、今を大事にする
丁寧に過ごしたいと思う
丁寧な人になりたい
娘との距離感、やっとなんとなく掴めてきた距離感、壊さない様にしたい
読んでくれた人へのメッセージ
読んで頂いてありがとうございます
なんとなくの不安、改めての決意、呟きの日記です
子供が学校に行けなくなってから理不尽な事を言われたり、葛藤、不安、恐怖の連続です
この気持ちは経験した人にしか分からない
分からない人には一切話さない
それは身内であっても、です
特に私は実の母には娘の気持ちは話しません
聞く耳持たず、頑張ってきた自分の自慢話にすり替えられ、結局私は甘いと責められるのがオチだから
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