子どもが不登校になっても「お母さん」は幸せです

結婚し、子どもを授かり親になります。パートナーの子どもと一緒に住むことになったり、里親や養子縁組など様々な方法で親になります。

私たちは親という職業についてひとつも習っていないのに、子どもを持った途端、「お父さん」「お母さん」と呼ばれます。しかも最初から「プロ」扱いです。

親ってどんなイメージでしょうか。ここからは、母親をイメージしてみます。子どもの事が大好きで、かわいいお弁当作って、学校行事もこなして、自宅で手作りのおやつを作ってと、パッと思いつくイメージは子供中心ですよね。

子どもが不登校になり、自分がイメージしていなかった毎日が始まります。思い描いていた「やさしいお母さん」から苦しいばかりの「不幸なお母さん」になってしまいます。

そもそもお母さんって…そしてお母さんの仕事って何でしょう。そして今自分は本当に不幸なお母さんなのか考えてみましょう。

目次
お母さんの仕事って一体何?
次から次にでてくる子育ての悩み
比べるから比べられるへ
視野を広く時間に縛られないで

お母さんの仕事って一体何?

赤ちゃんの頃は、生まれてくれてありがとう。うちの子になってくれてありがとう。と子どもの存在そのものが愛おしくてお世話が楽しくて幸せで、干してある洗濯物の小ささや頭皮の甘い匂いなど、対赤ちゃんそのものに幸せを感じませんでしたか?

赤ちゃんの時は、一人で生きることができません。ご飯だけではなく排泄も衣服の調節も全て親の仕事です。だとしたらこの仕事はいつまでお母さん(お父さん)の仕事でしょうか。

私はいつも子どもたちに「お母さんの仕事は子供が一人で冷蔵庫を開けて飲み物が飲めるようになったら終わりなようなものだ」とよく笑って話します。子どもたちからは「はいはい^^」と軽く返事をされますが、私半分は本気なんです^^

冷蔵庫を開けられる年齢って、立って歩いて冷蔵庫が開けられて飲み物の蓋を開けてグラスに注いで飲み物の蓋をして冷蔵庫に戻せて閉めることができる。

この一つの事にもたくさん技や知恵や知識が隠れています。このことができるようになったら生きるための事はある程度できるようになったと判断します^^

個人差はあると思いますが3歳くらいになるとこのことは出来たように記憶しています。これで子育てが終わったと言っても、これだけでは実際は終わりません。

お母さんの仕事はいっぱいです。お弁当箱を毎日洗ったり、体操服にゼッケンを縫ったり、突然明日●●がいるなんて言われて寝る間を惜しんで用意したり…仕事は次々に出てきます。

仕事はいっぱいですが、これ以降の子育ての悩みごとは、お母さんとしてすべて余計な心配だったんですよ。そう言われたらどう思われますか?

次から次に出てくる子育ての悩み

ここまでにお話した通り、赤ちゃんのころは対赤ちゃんで幸せを感じていました。子どもが大きくなり、自分でなんでもでき始めるようになると(冷蔵庫を開けられる年ごろから)次から次に悩みや心配事が出てきます。

●歯が何本生えた●おむつがとれた●上手に食べられる●自転車にのれる●ひらがなの読み書きができる…など無限に出てきます。ほかの子と比べて少しでも遅ければ、うちの子は大丈夫だろうか…と心配になります。楽しかった子育てから必死な子育てに変わっていきます。

どうしてこう変わっていくんでしょう。これは私も経験したのでわかるのですが、どうやら「比べる」が始まったからでした。

今もあるのでしょうか?公園デビューやママボスに挨拶など。自分と我が子の楽しい世界から、いつの間にかよそのご家庭との付き合いが子育ての基準になっていきます。「うちの子はもうできる」と誇らしく思ったり「うちの子はまだできない」と自分の子供を情けなく感じたり。お読みいただいている皆さんにもありませんか?うちはね…息子が公園の遊具が苦手で、ブランコもジャングルジムも滑り台も嫌がって、女の子が遊具で活発に遊んでいるのに砂場でひたすら穴を掘る息子を情けない…と思って早朝に特訓に連れて行ったこともあります。。

今私のこの話を読んでいただいて…きっとお分かりいただけたと思いますが、その当時は一大事でも過ぎ去れば大したことない悩みなんですよね。そのうちブランコもできたし、なんならできなくても生きていけるんです^^

比べるから比べられるへ

子育てで親の心を苦しめている正体は「比べる」ことでした。これは自分の基準で子供をよその子と勝手に比べてやきもきし、苦しんでいることが多いですが、子どもが大きくなればなるほど、比べられる生活になっていきます。例えば…運動の部活動。我が子はとても優秀なのにレギュラーから外される。親として悔しくて仕方ありません。自分の基準では〇なのにチームからは×だとされる。チームを憎み、我が子をかばいたくなります。だけどもしチーム方針が協調だとしたら?お子様が見ていないところで道具を粗末にしていたら?そんなことはないとしても、なにかそのチームの基準に合わなかったのかもしれません。そして例え試合に出れても活躍する保証はありません。

受験もそうです。どんなに実力があっても当日ミスをするかもしれません。入社試験では面接で落とされるかもしれません。どんなにかわいくてもアイドルグループに合格しない子もいます。自分がどんなに万全にと育ててきても、判断には他者が絡んできます。

どんなに頑張ってもどんなに支えても結果はやってみないと分からないし、自分の思う様にいかないことが多い世の中です。

私は、だから無敵になるように頑張らせなくては!と必死に子育てしてきましたが、そうではなかったようです。必要なのは、他者が絡む限り世の中いろんなことがあると柔軟に育てることが大事です。

視野を広く時間に縛られないで

子どもが学校に行かなくなって、このままだったらどうしよう…ってとても心配になりますよね。この不安、子どもも同じように感じています。ゲームばかりする行動も直視しないための行動で、何も考えていないわけではありません。だからこそ早くなんとかしないと…と親としては焦ってしまいます。この【このままだったらどうしよう】はいったいいつどの時点での話でしょうか。私もそうだったのですが、子どもが不登校になったら【将来引きこもる】と頭の中で直結していました。大きな焦りはそこからきていました。その為になんとか外に出さなければ、学校に行かせなければ、コミュニケーションをとらせなければ、昼夜逆転をなおさなければ…一生このままだったらどうしようと焦って焦って…一体何をそんなに焦っていたのだろう。そんなに焦らなくていいよと当時の自分に声をかけたいです。決して同じではありませんが、ブランコに乗れない焦りと一緒だったのかもしれません。誰かと比べ、世間の常識と比べ、今学校に行けないそのことは大変な事態だと自分一人がんじがらめでした。学校はとてもありがたいです。もちろん行ってくれれば大助かりです。だけど…今行かないからって絶対不幸になるって決まっていません。今動けないからって一生動けないって決まっていません。そして子どもが学校に行かないからって私たちの子育ては失敗じゃありません。子どもが学校に行かないからって私たちは不幸ではありません。だって…学校に行っているから好きなんじゃないですよね^^この子はこの子だから好きって気付く大事なきっかけです^^

誰かと比べず、社会が決めた時間の流れに焦らず、初めて対面したあの時と同じようにもう一度大事に楽しく一緒に時を過ごしてみませんか。あんなにいい子だったんです。あんなにかわいい子だったんです。それが分かるのは私達だけ。こんなにいい子のお母さんなんです。私たちは幸せです。

焦る心を緩めて、この子は大丈夫。そう信じてくださいね。子どもも心が緩むと必ず動き出しますから。

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今日のこの日の事を「こんなこともあったね」と笑って話せる日が来ますように。

応援しています。

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