規約違反の報告はこちら 未来地図の投稿規約に違反する書き込みを見つけた方は、こちらのフォームよりお問い合わせください。 違反理由* 個人情報の投稿 公序良俗に反する投稿 宣伝・勧誘・出会い目的の投稿 自殺示唆・自殺ほう助に当たる投稿 その他、悪意のある投稿 投稿情報 該当文章 子供たちが不登校を経験して、母の私は変わりました。 学校は行くべきだし、勉強はするべき、と、より確信を持って思うようになりました。 私自身、学校という人の集まりが怖くて、いつも「がんばって」とけこんでいました。気を抜くと、バカにされたり、からかわれたりしました。 だから、学校が嫌だ、という子供たちの気持ちはよくわかって、感情を受け止めて好きにさせてやりたい自分と、それでいいのかという自分との葛藤に苦しみました。 数年間の不登校や五月雨登校を経て、子どもたちをみて、「右に倣う」ことの大切さをひしひしと感じています。 何もしない子は、本当に何もしない。 生き物として、心も体もぐっと伸びる時期に、好きなこと=ゲームや動画視聴を、だらだらと続ける。何年も。 このまま見守っていればいつか立ち上がるんだ、「普通の、優秀な子たち」とまた肩を並べて切磋琢磨する舞台に戻れるんだ、とは、思えない。 この子なりに生きていくなら、この子なりの努力を今も続けなければいけない。 この土地に、「学校」の代替になるような教育機関はありませんでした。だから、この子たちは学校に行くしかない。 不登校から立ち直った、の話が、結局のところ、復学や難関大合格なのは、「不登校でも大丈夫」ではないということの証明のように思えて焦ります。 無責任な寛容ではなく、現実的なアドバイスとサポートがほしい。 自主性を育む時期に、自主性に丸投げするのは、言葉はキレイですが暴挙だと思います。 突出した個性よりも、当たり前のことを当たり前にできる子に、まずはなってほしい。 学校のシステム、先生方の言動、首を傾げることは正直山ほどあります。子供の口から学校の愚痴は絶えませんし、行き渋りは終わりません。けれども、将来、本人が「学校なんか辛いだけの場所だった」と思おうとも、現状、行かないよりはマシです。 もっと、親子とも明るく楽しい気持ちで毎日を過ごしたかったです。 その他、自由記入欄 この内容で送信する