規約違反の報告はこちら 未来地図の投稿規約に違反する書き込みを見つけた方は、こちらのフォームよりお問い合わせください。 違反理由* 個人情報の投稿 公序良俗に反する投稿 宣伝・勧誘・出会い目的の投稿 自殺示唆・自殺ほう助に当たる投稿 その他、悪意のある投稿 投稿情報 該当文章 不登校に悩んでる人と悩んでない人が共存できるか?、という話題が少し前に出てましたので、遅ればせながら持論をつらつらと綴らせてください 私は共存できると思います。 以前から「一言」は、元気な不登校ライフを送ってる人も少数ですが書き込んでたので。 押し付ける感じでもなく、思いやりのある素敵な方達でしたよ。こんな考え方をすれば少し気が楽になる、などの気づきやパワーも私は沢山いただきました。 境界は不登校に悩んでるか否かではなく、他者を気づかった書き込みをするかどうか、だと思います。 不登校に限らず、退職でも離婚でも転校でも、それに悩み苦しむ人ががたくさん集う場所で、 もし自分が今すごく上手くいってたとしても、 自分は本当に幸せになれた、今日もこんな幸せなことがあった、 みたいなコメントを毎日のように書けます? 私には無理だし、それができる人とは価値観が違い過ぎてネットでもリアルでも共存は難しいです。 自分の喜怒哀楽を大切にする、自分の機嫌は自分で取る、やりたいことは我慢しない、 よくそう書いてらっしゃるので、 「一言」も、 自分の機嫌を取るために書きたいことを我慢せずに呟く場として使ってるんだろうな、 とは思います。 ただその結果、不登校で辛い思いをしてる人達が日々のハッピー不登校投稿にアレルギーのような嫌悪感を持ってしまうのも分かるし、不登校に前向きな投稿をしていた他の人達はむしろ書きにくくなってしまったんじゃないかと。 あの場所がどんどん殺伐とした空気になってしまったのは残念です。 だから、共存可否の一番のポイントは不登校に悩んでるか否かではないと思ってます。 不登校なんて元々十人十色で、子供の年齢も苦しみ度合いも皆バラバラ。 それでも、「一言」が皆で支え合える優しいコミュニティだった時期も長かったので、いつかまたそうなってほしいと願ってます その他、自由記入欄 この内容で送信する